日本語
2009年11月20日
日本は「にほん」「にっぽん」と、ふたつの呼び方がありますね。また、「日の本」という言い方もありますね。
もうひとつ、日本の呼び方として「言霊の幸う国(ことだまのさきわうくに)」という美称があります。
話す・書く言葉には、そして相手に伝える日本語には霊的なもの・神秘的なものが宿っているととらえる感覚なのでしょう。
例えば「黄昏時(たそがれどき)」。夕方を表す言葉ですが、元々は「誰そ彼(たそかれ)」が語源です。夕暮れのぼんやりとした暗闇の時間帯は、相手の顔もきちんとはわからない。そこで「誰だあれは?」といった風情が込められています。
(明朝を指す「かわたれ時」も「彼(か)は誰(たれ)」からきています。どちらも景色の中に、人間が溶けこんでいるのですね。)
また、その時間帯には薄暗さの中ゆえ、神かくしにあうと昔の人々は考えたようです。「たそがれ」の当て字が「黄=土」、「昏=深い底」であるのは、神かくしにあった後の世界が土深い場所であるからという説もあります。
もうひとつ、あいさつのひとつに「おはよう」という言葉がありますが、この「おはよう」は、元は「小早う」と文字があてられていました。
朝早い時間のあいさつであることはもちろんですが、「小」には「美しいもの」という意味がこめられていました。(清少納言の「枕草子」でも、「何も何も小さきものはみなうつくし」と書かれていますね。)つまり、私たちは「朝は美しい」という言葉を相手にかけているのです。
学習は詰め込み作業のようにも感じることがあるとも思いますが、時にはたくさんの日本語という言霊に触れ合っている気持ちを抱いてみてはいかがでしょうか。日本語は美しい言葉たち、ととらえてみてはいかがでしょうか。学びにおいての視点・吸収力に変化が出るのではないかと思います。
今日も頑張っていこう!!by 家庭教師のジャンプ(東京支部)


