買い物とは受け継ぐ事かもしれませんね。
2010年06月16日
今回は受験情報でも学習方法でもありませんが。
最近、良い買い物をしたと感じた時の事を、思うままに書き綴ります。
何ヶ月か前の事になりますが、生徒さんに源氏物語の「桐壺」「若紫」を指導するため、その本文を読み込んだ事がありました。
そこで物語の面白さが改めて判り、(ありがとうございました。)現代語訳の本も読みたくなりました。
与謝野晶子、他・・・多数の訳本が出ている中、谷崎潤一郎のものを買う事に決めました。理由は、
谷崎の信念が「源氏物語の美しさは主語を省いている所にもある」(実際、本文自体が主語を頻繁に省いています。)というものであり、限りなく本文に即した形で訳してある為です。
新訳本は全部で11巻、インターネットのオークションでリーズナブルに購入する事に決めました。
その際に、オークション出品者の方からメールにてお話を伺う機会がありました。
源氏物語の訳本は、亡くなられたお祖母さんのものであったそうです。
亡くなった今も尚、大切にしていた沢山の本が倉庫に保管されている状態である、と話されていました。
しかしそれでは本が活きない、そしてそれらをすこしでも安く沢山の方に読んでもらいたい、欲を言えば買い手がどんな人物かも知りたいと発起し、敢えてオークションに出品した、とおっしゃっていました。
数日後、訳本が家に届きました。
全巻が日に焼けてくすんでいました。ぼろぼろでした。
しかし、逆にそれを嬉しく思いました。
長い年月・時代を経て、ひとつのものが人間の手から人間の手に託された・受け継がれたように感じたためです。
普段は自分も買い物をする場合は保存状態の良いものを選びます。
しかし、その中で先述のように思えた事は、自分にとって非常に新鮮でした。
偶然の産物だったのかそれとも必然だったのか。その思いが印象深く残りました。
モノという形有るものである以上、自分のもとに届くまでに何人もの人間がそれに携わり、かつその人間一人一人の背景が確実に存在します。それらを踏まえるだけでも、自分の手元におさめられた時の感触は違うものになるのでは、と考えます。例えそれが一冊の本であっても、です。
もしかしたら、買い物とは自分がモノを選ぶのではなく、モノに選ばれているのかもしれません。モノの方が、受け継ぎ手を求めているのかもしれませんね。
今日も頑張っていこう!!by 家庭教師のジャンプ(東京支部)

