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こどもの日にちなんだお話

2010年05月12日

 柱の傷は おととしの 5月5日の背比べ ちまき 食べ食べ兄さんが 計ってくれた背の丈♪

 どうも、百川僚弘です。イキナリ歌い始めてすみません。今回は、こどもの日にちなみ、端午の節句(たんごのせっく)について書きたいと思います。

 端午の節句は現在、新暦の5月5日です。しかし、もともとは旧暦の5月5日に行われていました。日本では端午の節句、中国では菖蒲の節句と呼ばれています。

 旧暦では、午の月は5月にあたり、午の月の最初の午の日を節句としてお祝いしました。「端」という字は、物事の始まりを表わしています。つまり、午の月のはじめの午の日をお祝いしましょうということで、「端午」となりました。
 しかし、なぜ、童謡にも歌われているように、「ちまき」を食べて、こどもの成長をお祝いするようになったのでしょうか?
 実は、端午の節句の原点は、こどものお祝いではなく、ある中国の人物が亡くなった日にちなんでいます。その人物の名前は、屈原(くつげん)…BC343~BC277 と言います。
 屈原は、紀元前3世紀、春秋戦国時代の楚(そ)という国の王族であり、大変聡明で人々に慕われていた政治家でした。彼は、秦(しん 後に始皇帝が当時の中国全土を統一する大帝国を築く)という国の張儀(ちょうぎ)という人物の、楚国を乗っ取る悪だくみ計画を、早くから察知していました。そして、楚国の王様であった壊王(かいおう)に何度も「秦に国を乗っ取られます。」「張儀に気をつけなさい。」と進言しました。しかし、壊王は、張儀を信頼しきっており、屈原の言葉には耳を傾けませんでした。そして、屈原は謀略にはまり、失脚しました。失意のうちに、汨羅江という川で入水自殺してしまいました。屈原の亡くなった日が、紀元前277年の5月5日(旧暦)と伝えられています。
 そして、屈原を慕っていた多くの楚の人々は、ちまきを作り、川に投げ込み、魚たちが屈原の遺体を食べるのを制したことが、端午の節句とちまきとの結びつきの始まりといわれています。皆さんも、何気ない習慣、普段なんとなくしていることの語源や、由来を調べてみるのはどうですか?きっと、新たな発見があると思いますよ。
 
 

今日も頑張っていこう!!by 家庭教師のジャンプ(横浜支部)